STORY 02

なくしたものを取り戻すのではなく、
新しく育て上げていくこと。

この土地で、新しい荒浜を育てよう

まずは土に藁を混ぜ込んで成型したかまどをつくろう、ということになった。藁を提供してもらうお願いをするために2人で静男さんに会いに行ったが、その時に静男さんから農業復興の苦労話を聞いた。
静男さんは綿花栽培から始まり、稲作・野菜など、少しずつ生産を増やしつつあったが、そこには一つの思いがあった。「何もなくなったこの荒浜の土地を育て、新しい荒浜を育て上げよう」それが静男さんの思いであり、目標である。
「田んぼがあっただけじゃなくて、荒浜には私たち農家の暮らしがあり、その風景があったんですよ。それらが少しでもいいから、また新しく育って来てほしい。それがここで農業を再生する意味だと私は思ってます」 この静男さんの思いに共感したことが、小山田さんと渡邉さんが自分たちなりにここで活動をしていこうと気持ちを固めたきっかけだった。

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渡邉さんの父静男さんが代表を務める荒浜アグリパートナーズの畑。荒浜のめぐみキッチンはその隣接地で活動している

今ここにあるものに、工夫を加えて楽しむ

小山田さんは、静男さんから「何かやるんだったら、ちゃんと続くことをやれ。急激に変化するのを求めるのではなく、ちょっとずつ成長するようなやり方をしないと長続きはしないんだ」と言われた。「それ以来、愚直にその言葉を守っているつもりです」と小山田さん。
2人は最初、静男さんから農地を借りて、いろいろなものをつくってみることにした。土と藁でこしらえたかまどは、屋内に設置して使う普通のかまどではなく、外でキャンプをする時に使えるように、かまどの底に流木を組んで、移動式にした。
渡邉さんは「いま荒浜にあるもので楽しもう、ということが最初にありましたね」と話す。「たとえば縄文人がもしも現代の荒浜に降り立ったら」そんな発想もしてみたという。「その縄文人はここにあるもので何とか生きていこうとするはずだから、まず食うものがなきゃいけない。だから煮炊きをするかまどをつくるのは理にかなっている。そういう発想をしてかまどをつくると面白いじゃないですか」と話す。このような発想が、楽しみながら荒浜の魅力を知ることができる荒浜のめぐみキッチンの基礎となっている。

次に丸い田んぼもつくった。「借りた農地は水はけのあまりよくない土地で、水はけが悪いならその土に合わせて稲をつくろう、どうせ稲をつくるなら面白いことをやろうと、丸い田んぼをつくることにしたんです」と渡邉さん。
「実際につくるのは、口で言うほど簡単ではなかったです。真ん中に棒を立てて、ロープを引いて半径8メートルの円を描いて、それに沿って中をくぼませるように掘ったり、ほんとうに大変な手作業でした。水を張った時に均等に水が行きわたるように水平をとるのが大変でした。田んぼに水を入れて土が丘になっているところを削って、水のところに捨てていく。それを何度も繰り返しているとだんだん水平になってくる。大変だったけど面白かったですね」と小山田さんは話す。
そういう丸い田んぼづくりを手伝ってくれた人の中に「丸い田んぼの真ん中で宮沢賢治の朗読会をやってみたいな」という人がいて、真ん中に設けていた休憩スペースはステージに変わり、宮沢賢治の朗読会「賢治と焚き火と丸い田んぼ」というイベント企画になったという。

荒浜のめぐみキッチン、その名の由来

小山田さん、渡邉さんたちの活動は、2017年1月ごろから「荒浜のめぐみキッチン」と名乗り始めた。「荒浜にあるもの、たとえば使いにくいと言われている、水はけの悪い土でも、捨ててしまう藁でも、見方を変えればいろいろな活用方法があり楽しみ方がある。そういう恵みにひと手間、ひと工夫加えるキッチンをつくるんだ。そんなことを考えました」と小山田さん。
渡邉さんも「食べ物だけじゃなくて、身の回りにあるいろいろな素材を自分たちで調理する場所イコール『キッチン』という表現にしたんです」と説明する。荒浜にある有形無形のさまざまな素材を、小山田さんや渡邉さんたちがいろいろな手法でアレンジすることによって、素材はイキイキとした恵みになる。そんな荒浜の新しい価値を創り出していく活動自体が『荒浜のめぐみキッチン』だ。

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土に藁を混ぜ込んでつくったかまど。このかまどで米を炊くととても美味しくなるという。
(写真提供:荒浜のめぐみキッチン)
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丸い田んぼで行われた朗読会。大勢の参加者があった。
(写真提供:荒浜のめぐみキッチン)
STORY 03

これまでとは違う荒浜のめぐみを
これから伝えていくために。

津波被災地の記憶を胸の奥に持ちながら

荒浜のめぐみキッチンは、参加者に田んぼや畑での様々な体験を提供し、新しい荒浜の魅力を多くの大人や子どもたちに伝えている。
「津波の被災地だということも、当然つないでいかなければいけない記憶の1つ」と小山田さんは考えている。「楽しい体験の中に、ここは被災地でもあるんだということが、ちょっと記憶の片隅に入る、それくらいの伝わり方もあっていいのかな」という。
「僕らは震災遺構のような伝え方はできないけれども、伝え方というのはいろいろな視点と角度があっていいと思う。荒浜のめぐみキッチンの活動やここでの体験を通して、こういうつなげ方もあっていいんじゃないかな」と小山田さん。

現在は6人の運営メンバーで活動しているという。「僕らの活動を見ておもしろそうだなと寄ってきてくれた人が、自分はこういうことをやりたいというものがあれば、その人がそれをやれる環境を整えてあげて、あとはやりたいようにやってもらう、ということが基本ですね。丸い田んぼをつくったときも、そこで朗読会をしたいという人がいて、その人が引っ張って実際に実現させて、結果的に大勢のお客さんに来ていただいて喜んでもらえたんです。その彼はいま運営メンバーになっています」と小山田さんは話す。

荒浜のめぐみキッチンのプランを実現する3つのベース

「荒浜のめぐみキッチン」には拠点となる3つの場所があり、それを「ベース」と呼んでいる。小山田さんによれば、「荒浜のめぐみキッチンでやっていきたいことを実現するために3つのベースがある」という考え方だ。ここまで話のあったさまざまな活動を展開しているのはすべて「荒浜ベース」だ。「荒浜ベースは、僕らの実験の場所というか、活動している人たちがここでいろいろやりたいことをやるという場所です」と小山田さん。
もう1つ、仙台中心部に「五橋ベース」がある。「これは僕の事務所があるビルの1階にあるカフェなんですけど、街にいる人たちに荒浜の魅力をイベントなどで伝えて、荒浜に足を運んでいただく発信の場として活用しています。荒浜で採れた新米を食べる会、餅つきの会、ワタリガニ雑炊の会などを今まで実施してきました」と小山田さんは話す。
さらに「荒浜のめぐみキッチン」はいま「深沼ベース」を計画している。荒浜のめぐみキッチンは仙台市東部沿岸部の集団移転跡地の利活用事業に応募して2018年に事業者候補として選定され、現在計画準備中だ。基本は農業、自然、地域文化を活用した交流と学びの場になるような体験型プログラムを仙台市内外、海外からの来訪者に提供する、という計画だ。「深沼ベースは、より多くの人に楽しんでもらうため、荒浜ベースで実験してきたことを、少し一般化したサービスを提供しようと考えてます。ここであれをやりたい・これをやりたいと、すでに声をかけていただいている人がいますので、われわれメンバーはそういう方々にそれぞれのプランを実現できるようなプラットフォームを準備して、応援できるところは手伝うということも考えています」と小山田さん。
「荒浜のめぐみキッチンとして、いろいろな人に関わってもらえたらいいよね、そのほうが予想外のことが多くておもしろいよね、という話をしています」と渡邉さんも話す。あえて方向性や手法などを定めず、集まる人に合わせて進んでいこうという試みが、第3のベースでも始まろうとしている。

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この日は早朝に落ち葉を分けてもらってきた。米糠を混ぜて時々かき混ぜて1年寝かせると腐葉土になる

体験から新しい荒浜の記憶の芽生えにつなげる

いわゆる固定的な目標や方向性、活動方針といったものを掲げない荒浜のめぐみキッチンとして、大切なことはやはり2人の思い、熱意に他ならない。「いちばん大事にしていることが『楽しむ』ことなので、そのためにつらいところも乗り越えなければいけないことはあるんですけど、基本は『楽しむため』ということがいちばんの原動力になっています。それがなくなったらやはり続けられない。自分たちも楽しむし、自分たちの周りに集まってくれる人たちにも楽しんでほしい。楽しいことは長く続くと思うし、それが新しい荒浜の魅力につながると思っています」と渡邉さんは話す。

「震災でこっちのほうに足が向かなくなった人がたくさんいるので、自分たちが何かおもしろいことをやって発信していくことによって、荒浜に視線が向いて足を運んでくれる人が増えるといいなと思います。いまだに海に行けないという人もいるけど、あの人たちおもしろいことをやっているから、ちょっと近くまでなら行ってみようか、とそういうきっかけになるとうれしいかな」と渡邉さん。
何代も続いてきた渡邉さんの農家のように、この地にはかつて豊かな農地が広がり、人々の営みと賑わいがあった。それらは元には戻らないけれども、藁と土をかき混ぜたり、畑の野菜を採ったり、焚き火をして手をかざす体験は、ここを訪れる人の気持ちの中に新しい、そしてあたたかい荒浜の記憶を芽生えさせてくれる。

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象徴的な存在になっている丸い田んぼを持つ荒浜ベース。ここから、また新しいワクワクする企画が生み出されていく