STORY 02

お互いわかり合うために
一人ひとりのふれあいから始めた

広瀬川の河畔にできた町内会「せせらぎ会」

2014年の春に若林西復興公営住宅が竣工し、6月までに1号棟・2号棟・3号棟、合計152世帯が入居した。7月に敷地内の集会所で仙台市や若林区など行政からの説明会と入居者の顔合わせ会が行われた。その後、若林西復興公営住宅に独自の町内会をつくるかどうかを話し合うために2、3回集会があったがなかなか決まらなかった。「町内会をつくる、つくらない、それぞれのメリット・デメリットを教えていただいて、みんなで決を取ればいいのではないでしょうか」この大場さんの発言がきっかけになって会議は1つ前に進み、「自分たちで町内会をつくることにする。そのために会長、副会長など役員を決めましょう」ということになった。しかし、役員の選出にもまた時間がかかった。

10月末になってようやく町内会設立総会が開催され、会長1人、副会長2人のほか、青年部や婦人部などの役員が選出された。大場さんは自ら副会長を引き受けた。
大場さんは、まず全住戸の人に声がけすることから始めた。「最初は入居者の名簿なんて全然なかったので、どこに誰が住んでいるかわからなくて、1軒1軒聞き取りをしました。今でもその時のことをちゃんと覚えていてくださる方も多くて、これはやっておいてよかったと思っています」

設立当時、大場さんがもう1ついいことだと思ったことがある。町内会の名称のことだ。「名称募集というかたちで『知恵を貸してください』と掲示板に紙を貼ったんです。皆さんに思いついた名称を書いてもらった中に『せせらぎ会』というのがありました」
広瀬川がちょうど復興公営住宅の前を流れるところに段差があって堰のようになっているため、せせらぎの音が聞こえる。それが名前を付けた趣旨だったという。「とても、きれいで、あたたかくて、希望に満ちている」と感じた名前を採用し、「若林西せせらぎ会」とした。
「町内会にこういう名前をつけているところはどこもないんです。他の地域の方も『せせらぎ会』というのはすぐ覚えてくださるみたいです」

名前を覚えること、あいさつすることから

2016年の4月、大場さんは「若林西せせらぎ会」の会長に推挙された。
「こういうマンションタイプの住宅に住むのは、私をはじめ多くの皆さんがたぶん初めてなんですよ。ドアを閉めれば、どんな人がどこにいるのか全然わからないし、わからないとお互い余計に不安になる。だから、いろんなところから集まった皆さんが、ここで会った人くらいは顔を合わせたら『おはよう』『こんにちは』って、まずあいさつから始めましょうね、という働きかけをすることにしました」
行事を行うにしても「行事というのは、お互いに皆さんの顔を覚えるためですよ。あいさつした後に『だれだれさん』ってお名前を覚えたら余計お話も弾みますよね」と行事の趣旨を説明した。そして行事に集まるときには、「何号棟のだれだれ」という手製の名札を首からぶら下げてもらい、名前をお互いに覚えるようにしたという。

「私は子どもが4人いますので、幼稚園、小学校、中学校のPTAや習い事の親の会などでも、役員の立場でいろいろな行事を開催したり、子どもたちを連れて行ったり、子どもたちが喜ぶようなことはなんだろうなって考えたりしていました」そういう経験が、自治会運営に役に立っているのではないかと大場さんは話す。
行事の企画なども全然苦にならないという。「皆さんが喜んでくださる顔を想像するのがうれしくて、楽しいので一生懸命やっているだけなんですけど、皆さんには企画の着眼点が面白いって言われて、またうれしくなります」
春の花見から、七夕、夏祭り、秋の文化祭、クリスマス、新年会、雛祭りなど季節の行事は、欠かさず続けてきた。

集合住宅の重要イベントである防災訓練は毎年7月に実施し、1月から3月の間は安否確認訓練を行ってきた。2015年9月の台風では、広瀬川が危険水位に達し緊急速報メールが配信され、若林西復興公営住宅では、町内会の働きかけで1階の人たちが避難行動をとった。「後で仙台市の担当者に、すぐ避難したのは若林西だけでした、さすがですね。と褒められました。他のところはそういう動きがなかったそうです。災害は急に起こるかもしれないので、余計に防災に関して力を入れなくちゃいけないなと思っています」
コロナ禍の2020年の防災訓練は、入居者が一堂に集まるという方式ではなく、もう少し小さい単位で確認し合うという流れにした。「部屋ごとの状況をフロア班長に報告する、さらに号棟ごとに報告をまとめるなど、細かくやり方を決めて訓練をしました」

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若林西せせらぎ会では入居者の親睦をはかるため、さまざまな行事を行っている。左は秋の文化祭、右はボランティア団体の指導による正月飾り作り

リーダーとしての学びも、積極的に

大場さんは、町内会長になってから、防災や地域の課題などをテーマとした研修を時間を見つけては受講し、専門的な知識やノウハウを習得した上で、役員とともに入居者の防災への意識づけに活用していこうと考えている。
2016年には災害に強いまちづくりのために平常時から女性が地域のなかでリーダーシップを発揮できるようにと仙台市と公益財団法人せんだい男女共同参画財団が開設し募集した「地域版女性リーダー育成プログラム」の第1期生として受講した。「町内会の防災ということを考えていくうえで、防災ノウハウをしっかり学んでおいた方がいいかなという面と、やはり女性リーダーとして学ぶことがあるのではと思ったんですね。現場での学びを続けていく中でスピーチ力が向上したり、受講生同士のネットワークがつながったりなど、プラス面が見えたと思っています」
さらに仙台市地域防災リーダー(SBL)養成講習も受講した。これは、平常時には地域特性を考慮した防災計画づくりや効果的な訓練の企画運営を、災害時には地域住民の避難誘導や救出・救護活動の指揮を行うなどの役割を研修するもので「より実践的なノウハウを学ぶことができ、防災訓練の計画づくりなどに非常に役立っています」と大場さん。

逆に、このような研修を受けている町内会長として各種セミナーや研修会の講師に招かれることも多くなった。オンラインで実施された「仙台防災未来フォーラム2020」では復興公営住宅の町内会を前向きに運営できている実例としてパネリストとして出演した。「東北復興の事例を拝見したいと長野県や九州からも訪ねてくださった方もいましたが、町内会の運営がうまくいっているとすれば、ここの役員や住民の方たちをはじめ、仙台市、仙台市社会福祉協議会の皆さんにほんとうに力を貸していただきました。そういう皆さんのためにも少しでもみんなが仲良く安心して暮らせる町内会をつくらなければと思っているだけです」と大場さんは話す。

2020年は、町内会のいろいろな行事ができていないというが、大場さんは役員の人たちに「今年は体は使えないけど頭を使う年にしますよ」と話してきた。「お年寄りの健康や認知症と、防災・減災については、いろいろなセミナーや勉強会に役員が手分けして聞きに行ったり、報告会を開いてみんなで勉強したりしています」

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集会所には、婦人部とサークルのみんなで作った折り紙作品が飾られている
STORY 03

被災者が多く入居する復興公営住宅だから、
こころ穏やかに過ごせるよう、次の人たちにつないでいきたい。

復興公営住宅でのこころの拠り所を探して

復興公営住宅が建設されて、そこに入居できたことはほんとうにありがたいことだと、大場さんは話す。ただ、ほんとうに大事なのはその住宅に入ってからの人々の営みだ、とも語った。
「ここは津波被害によって引っ越しされてきた方が4割くらいいらっしゃるんです。かつて沿岸地帯で居久根のある大きな屋敷に住んでいた人もいます。上階から海の方を見ていると涙がこぼれてくると言った人がいました。どんなに無念で、つらいことをこらえてここに来たのかを推し量ることもできないけれども、ずっと何年も経ってから私にそう言ってくれた。何年も経たないと言えなかったんだと思います。多くのことを抱え、そして振り切って、ここに来られた人たちがたくさんいるんだなと、あらためて思いました」

終の棲家としてここを選んで引っ越してきたと大場さんは話す。「だからこそ私の想いとしたら、安心して住み続けていきたい。建物ができて、その後の営みを、皆さんも私も、これから何年間、何十年間、平穏無事に過ごしていくということがほんとうに大事なことなんです」
住むにあたっての気持ちの拠り所があれば、安心して暮らせるのではないかと大場さんは感じていた。「復興公営住宅では何もないゼロのところから、新しい日常が始まっています。そこで入居者の皆さんの穏やかな心持ちをつくり上げるというのはとても大変ですが、月日が経ち、ようやくできつつあると感じています」

心のこもったふれあい、さりげない見守り

若林西せせらぎ会では、入居者とのふれあいを大切にしている。町内会設立当初から全戸聞き取りや、あいさつ運動などをしてきたおかげで、大場さんの顔を知らない人はいないという。「私は1号棟なんですが、2号棟3号棟にお知らせや回覧を持って行きます。ものの10分もあれば済むのに、1時間経っても帰れないことがあります。それくらいよく皆さんが気遣って話しかけてくださるんです。皆さんの気持ちが嬉しくて、今まで大変だったことなど、そのお顔を見ると吹っ飛んでしまいます」

大場さんが今特に気にかけているのは、お年寄りの入居者のことだ。「最初の頃は元気だった方もだんだんと動けなくなってきて外に出られない方もいらっしゃるんです」
若林西復興公営住宅では、70歳以上の人が約7割程度、独居世帯は全体の3割ぐらいという。そういう人のところに、大場さんは折にふれて顔を出す。「いろいろな折り紙で子どもたちが作ったものを持って顔を見に行ったり、支援していただいたものをお裾分けして持っていったり、元気ですかと顔を出すと、ほんとうに涙を流して『いつもありがとう』と言ってくれて、私の方もうるうるします。何年経っても覚えていてくださるんです。だから『長生きしてね、いつも心配しているよ』と声をかけてきます」

一方で、お年寄りがいる世帯以外は、ある程度の距離を保ちながらお互いが気遣い、住んでいるという気配を感じながらみんなが元気で暮らしていければいいなという「ほどよい」ふれあいを目指している。
「ただ、気にかかるお年寄りの方やお体が不自由な方は当然こちらで把握しているので、そういう方のところにはよく注意して見てくださいと班長さんなどにはお願いしています。『なにかちょっとおかしいなと思ったら教えてね』と。それで十分だと思うんですね。あまり『元気?元気?』と頻繁に訪問しても、面倒くさいと思う方もいらっしゃるでしょうし。だからそれとなく気配を感じながら暮らしていければいいなと感じています」

助け合って乗り越え、続いていく町内会

2年くらい前からは、他の役員も積極的になり、いろいろな活動や作業についても、自然にみんなの協力が得られるようになった。「『こういうことしたいんだけどどうしよう?』って言うと、こちらから分担を決めなくても、周りの方が『大場さんがいちばん大変なんだから、手伝いますよ』って言ってくださる方が出てくるようになりました。それは本当にありがたいことだと思っています。私自身も仕事しながら会長を続けてきましたが、仕事していても他の方が代わりにやってくださったり、補ってくださったりして、ようやく会長職ができているので、そういう助け合いの気持ちが役員さんの中にあることがとても大事です」と大場さんは話す。
「働いてらっしゃる方には、役割や作業を分担化していけるようにもっていかないと引き受けてもらえず、なかなか後継者が育っていかないと思うんですよね」大場さんは、次の人たちにつないでいくことを、自分の役割としていつも考えている。
「頼ってもらえるのはありがたいのですが、自分自身としては、これからまだまだ私でも社会のお役に立てる別の何かがあるのではと思っているんです」と、大場さんは先を見据えている。

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立ち上げの時から町内会に向き合ってきた大場さんは、6年間の積み重ねからさらに次につながる町内会づくりを進めている