STORY 02

アイデアと工夫で進化した、
誰でも参加できる「Laughter Darts」

楽しませる仕掛けを考える

支援物資を届ける活動が徐々に落ち着いてくると、月に1回、交流のあった仮設住宅の集会所でダーツ交流会「Laughter Darts(ラフターダーツ、「ダーツで笑顔を」の意)」を開き始めた。坂上さんの想像以上に、参加者はダーツを満喫し、喜んでくれたという。2013年頃からは時間に余裕が出てきたので、5〜6ヶ所の集会所で開催するようになった。その頃には坂上さん自身のダーツの腕もかなり上達し、初心者に教えることもできるようになっていた。
「そんな時、同じく『広瀬川倶楽部』の副代表でもあった悦木さんが定年退職しスタッフとして参加していただけることになりました。悦木さんは記憶力がいいし、得点の計算なども早くきっちりやってくれるタイプなので、ダーツ交流会には欠かせない存在です。参加してくれてとても助かっています」
交流会の目的は被災者の方々にダーツで笑顔になってもらうこと。ただダーツを楽しむのだけではなく、もっと盛り上がるような仕掛けを作れないかと思った坂上さんは、いい記録が出た時に鳴らす鳴り物や表彰式用のメダルを買い揃えた。ユニークな「表笑状」も坂上さんたちのアイデアだ。それらはすべて参加者に笑ってもらうため。「Laughter Darts」の目的を追求し、年間2000枚以上作成するなど、盛り上がる方法を工夫し続けて今日に至っている。
また、ダーツ交流会では必ず写真を撮り、次回の参加時に無料でプレゼントしている。そのサービスを始めたことにも理由があった。家を流され、旦那さんを津波で亡くした仮設住宅の住民の方が、ある日「私にはなんにも残ってない」と坂上さんに言ったという。写真の1枚すらも、すべて津波に流されてしまったと。「それなら、ここから新しく思い出を作っていただこう」と、表彰式の様子や集合写真を撮るようになった。現在は、年間1700枚余りの記念写真を参加者に配っている。

Photo
写真を撮る坂上さん。各ゲームの表彰式ではヒーローインタビューも行われる
Photo
表笑状を作成する悦木さん。カラフルで読みやすく、年配の方がクスッと笑える表現を心がけているという

ダーツの魅力とその効果

ダーツ交流会は、月に15〜20回ほど開催している。参加者は高齢者が多く、現在の最高齢は96歳だ。しかし、年齢や性別に関係なく対等にプレイできるところがダーツの魅力だと悦木さんは話す。
「最初は全然的に刺さらなかった人も、続けていくうちにどんどん筋力がついて、刺さるようになるんです。ダーツ交流会では4〜5種類のゲームをしっかりやって2時間程度。これは、1万歩歩いたこととほとんど同じ運動量と言われています。ふだん使わない筋肉を使いますし、得点の計算はなるべく自分でやってもらうようにしているので、脳の体操にもいいですよね。何より、明るく大きな声で笑うことが大事です。仮設や復興住宅で一人暮らしの方は、ともすると一日に一言もしゃべらないことがあります。それで認知症が進むケースもありますから、人と話すだけでも、脳に刺激を与えるという点でおすすめです」
初めのうちは杖をついてやっと歩いていたような方も、今ではしっかりと一人でダーツを投げることができるようになったという。また、人のミスショットを笑い飛ばせるほど、参加者同士が仲良くなるのもダーツ交流会のいいところ。目に見えて失敗・成功がわかりやすいダーツは、参加者みんなでプレイを見守るスタイルを可能とし、交流が生まれやすい。「あちゃー!外れた」「おもしろいところに刺さったねぇ」「ドンマイドンマイ!」など、会場には常に明るい声が飛び交っている。

Photo Photo
「なないろの里集会所」で行われたダーツ交流会の様子

笑いと元気を届ける「杜の都の笑楽(しょうがく)隊」

物資などの物の支援は一段落し、被災した方々を元気づける「心の復興」が必要だと感じた坂上さんは、2012年に「杜の都の笑楽隊」の活動もスタートした。これは被災者の方々に「思いっきり笑って楽しんで元気になっていただく」ことを目的とし、仮設住宅の集会所を借りて歌や演奏、モノマネなど、なんでもありのパフォーマンスショーを行う取り組みだ。当初の音響設備は小さなラジカセだけ。一芸を持った有志4人だけで始まった「杜の都の笑楽隊」だが、やっていくうちに仲間が増えていき、イベントの規模もしだいに拡大。プロの歌手も参加するほどに広がりをみせ、登録会員は25名となった。主役はあくまでも住民の方々なので、一緒に踊ったり、歌ったりもする。笑い涙を拭いながら「こんなに笑ったのは久しぶり」と言ってくれる方もいる。
「東日本大震災から2年間の活動における経費のほとんどは自分の持ち出しでした。このままでは支援の継続は難しいということで、『アクション311』というグループを立ち上げ、支援を訴えさせていただきました。たくさんの方々から寄せられた活動支援金で音響設備なども揃えることができ、『杜の都の笑楽隊』の活動内容は一気に濃くなりました」
そう語る坂上さん。通算公演430回を数える「杜の都の笑楽隊」は、新型コロナウイルス流行前には月に2回、1日2ヶ所で開催していた。コロナ禍の今は休止しているが、復活を望む声は多いという。

Photo Photo
大爆笑の連続の「杜の都の笑楽隊」公演の様子
STORY 03

縁と笑顔を大切にしながら、
可能な限り継続したい。

被災地から被災地へ恩返し

震災直後からこれまで、広島県の支援者と、被災地の方々とをつないできた坂上さんは、2012年11月、支援者から「被災者の方々を広島に招待したい」と知らせを受けた。
「原爆投下から力強く復興を果たした広島の町を、被災者の皆さんに見ていただきたい。そして、広島のおいしいものを食べて元気になってほしいと言われました。ありがたいことに、旅費のサポートまでいただいたのです」
それから2016年までの毎年、被災者の方々と車数台で広島を訪れ復興の報告会を行った。被災者が支援で繋がった相手と直接顔を合わせる貴重な場となり、「顔の見える支援」を心掛けてきた坂上さんの思いが、遠く離れた人と人の間に確かな絆を生み出した。
また、「平成26年8月豪雨」による広島市の土砂災害では、宮城県内の被災者から「すぐにでもお見舞いをしたい」とたくさんの連絡があった。とはいえ宮城県も復興の道半ば、まだまだ大変な時であることに変わりはない。
「『気持ちはとてもありがたいが、無理はしないほうがいい』そう伝えましたが、被災者の方々は『とんでもない。これだけ広島の方に助けていただいたのに、黙っているわけにはいかない』と言うんです。それならばと皆さんから義援金を集めて、広島県の仲間に頼んで寄付先の手配をしてもらいました」
「広瀬川倶楽部」や「みやぎ広島県人会」の会員にも呼びかけ、集めた募金は128万8881円。広島市安佐南区梅林学区町内会へ現金を直接届け、これまでの感謝と激励のメッセージを伝えた。これは、震災の支援で育まれた絆を感じさせる象徴的な出来事となった。

「続けてほしい」、その声がある限り

ダーツ交流会には、仮設住宅からずっと参加してくれている方もいれば、防災集団移転後に参加し始めた方もいる。参加者は年々増えており、2020年はコロナ禍で開催回数が減ってしまったものの、運動不足になりがちな今だからこそ、開催を望む声も少なくない。このように、すっかり人気のイベントとなったダーツ交流会だが、課題もある。これからの展望を伺うと、悦木さんはこう続けた。
「ボランティアといえども活動には当然お金がかかります。車のガソリン代、ダーツの備品、印刷代…。全国の方々からのご支援もあって参加無料で開催できていますが、それもこの先どうなるかわかりません。ただ、参加者の方々がこの催しを楽しみにしてくださっているので、資金調達も思案しつつ、様々な方法で続けていけたらと思っています」
「ダーツをやってほしい」「続けてほしい」という声があるうちは、続けたい。坂上さんも思いは同じだ。2013年からオリジナルの表笑状を作り始めたが、その頃からもらった表笑状を全て保管している方もいる。きちんとファイルに閉じて孫や友達に見せるなど、とても喜んでくれているという。参加者の笑顔を見るたびに、なんとか続けていきたいと思うばかりだ。各地で行うダーツ交流会には、年間のべ2000人以上が参加する。毎年10月頃に高砂市民センターで開催する大規模なダーツ大会には各地から80名ほどが参加し、みんなでダーツを楽しむという。「被災者を元気づけたい」と始まった二人の活動は、多くの人に受け入れられ、「心の復興」に貢献してきた。きっとこれからも、たくさんの笑顔を咲かせていくに違いない。

Photo
「ダーツに参加するから元気になる。元気だからまたダーツに参加する。このいいサイクルを続けていきたいですね」と悦木さん