東北の将来を見つめた復興、
そして復興を志す人を後押しするという視点。
東北にずっと残っていくものをつくりたい
竹川さんは、実際に自分たちの手で東北の地で復興支援の活動を行いたいと考え、ニューヨークと日本を行ったり来たりしながら、仲間の輪を広げ、活動の企画を進めてきた。一番の目標としては、東北の外から人を集めて、東北の人たちに喜んでもらいたいということだった。「短期的・単発型のイベントでは、本当に東北にしっかりと成果が残るのか、人は継続的に来てくれるのか、ボランティア以外の理由がなくなったときに人が来なくなってしまうのではないか、ほかの場所で災害が起こったときになにも残らなくなってしまうのではないか、といった様々な問題意識があって、長期で続く仕組みをつくりたいと思っていました」2013年末、企画実行のため竹川さんは日本に戻ることにした。
日本に戻ってきて、すぐ東北に入り、東北に留まって行動を続けた。単発で終わらないもの、一回限りで忘れ去られない仕掛けとは、どんなものなのか。竹川さんが導き出した結論は、マラソンだった。マラソンをきっかけにして東北の外から人を集め、美味しい食と景色を楽しんでもらおうという目標を持った企画で、外の人たちが喜んでくれて、東北の人たちにも笑顔が広がる、という仕組みづくりだ。
「史跡や歴史のある産物、お祭りなどは、県外から人を呼ぶことができます。しかし、それらはすぐできるものではなく長い時間が必要です。また単に食や日本酒のイベントのみでは、県内や隣県の人が集まるのがせいぜいで、東北の外から人を呼ぶことはなかなかできません。ところが、魅力あるマラソン大会だとランナーは県外にも行くし、国外にも行くんです」
「魅力あるマラソン大会」のモデルとなるイメージはすでに持っていた。竹川さんには、フランスの「メドックマラソン」のような大会にしたいという目標があった。メドックマラソンとは、ボルドーメドック地方のブドウ畑を走るコースで、給水所では一流シャトーのワインとグルメを楽しめる、国内外から約8000人以上のランナーと観客が集まるという世界でも人気の大会だ。「仲間と一緒にメドックマラソンの実行委員長に会いにフランスまで行って、『東北の復興支援マラソンを開催するので、そのモデルとして企画協力してほしい』と願い出て了承を取り付けました」
竹川さんらが手がけた最初の東北復興支援企画として、2014年4月「東北風土マラソン&フェスティバル」が実施された。「当初は沿岸地域での開催も模索しましたが、当時は復旧も道半ばで、道を止めて復興車両の通行の妨げになるようなことはできませんでした。そこで、沿岸地域からもアクセスが容易な、内陸の登米市内での開催となりました。多くの方々の参加と協力のお陰で、大会の趣旨を十分表現できましたし、何より笑顔があふれる大会になりました」
2キロごとの休憩所に東北6県13市町村から魅力的な食が集まるなど、ランナーも沿道の観客やスタッフも、大人も子どもも、みんな楽しく1日を過ごした。
「1300人の参加で始まった大会が、今は7000人に参加いただけるようになり、来場者は5万人ぐらいとなりました。海外からも200人ほどが参加するまでに成長しています」
2014年から開催された「東北風土マラソン&フェスティバル」には仮装で参加する人も多い
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「東北風土マラソン&フェスティバル」は、美しい景色の中を走ることも魅力の1つ
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復興に動き出す人を育成するプロジェクト
復興支援活動の中でいちばん重要な要素は、人である。そう考えていた竹川さんの次なるアクションは、起業というかたちで東北の復興や発展に取り組もうとする人を生み出し、育てていくプロジェクトを動かすことだった。
第1回の東北風土マラソンを成功させた後の2014年8月、現在竹川さんが代表理事を務める起業家育成支援団体の一般社団法人IMPACT Foundation Japanに当時の代表から請われて参加することになった。震災後、大規模な被災地支援として話題になったカタールフレンド基金から起業家支援分野への資金援助が受けられることになり、その支援先として「INTILAQ(インティラック)プロジェクト」が選定されたが、IMPACT Foundation Japanは、このINTILAQを企画・運営する役割を持っていた。
「INTILAQというのはアラビア語で“出発する”という意味で、起業家として出発する人を後押しする場をつくって、そこでその人たちを支援育成するプログラムを立ち上げる、というプロジェクトです」その拠点施設として、2016年、仙台市若林区卸町にINTILAQ東北イノベーションセンターが開設された。運営母体であるIMPACT Foundation Japanは、もともと東京に事務所があったが、INTILAQ東北イノベーションセンターの開設とともにここに移転した。
竹川さんのミッションは、INTILAQの機能を活用して起業家を育成し、新しい東北復興の取り組みに挑戦してもらうプロジェクトを主導し、成功に導くことだ。
「ただビジネスとして利益を上げることだけが目的の起業ではなく、社会起業、つまり地域課題や社会課題の解決のために立ち上がってくれる人たちを集めることが基本です。まず、社会課題にまつわる様々なテーマについて、内外からゲストを招いたイベントを企画して実行します。そのためにイノベーションセンターには多人数収容の階段教室もあります。その人たちに実際に挑戦してもらうための取り組みとして、デザイン思考ワークショップ、ケーススタディワークショップ、ビジョンづくり講座、クラウドファンディング講座など、各種ワークショップ形式の講座をクラスルームにて行っています。実際にビジネスを立ち上げたときには、働くためのコワーキングのスペースがあり、2階には少人数の会社として使えるオフィススペースもあります」
「東北をよくしたい」の思いを明確なビジョンへ
起業家の育成とは、実際にどのようなものなのだろうか。IMPACT Foundation Japanでは、INTILAQ東北イノベーションセンターを拠点として、これまでにさまざまな起業家育成プログラムやイベントなどを行ってきた。仙台市とともに実施してきた取り組みもあり、たとえば「ソーシャル・イノベーション・アクセラレーター(SIA)」は、東北や国内外の社会課題に対してイノベーションを起こす人材を育成するため、専門家による集中的なセミナーやワークショップを展開するプログラム。「仙台ソーシャルイノベーションサミット(SSIS)」は、起業家育成プログラム参加者が自分の思いと起業プランを発表する場となっている。
「カタールフレンド基金による支援が決まった当初から、私たちIMPACT Foundation Japanは仙台市と連携し、さまざまな共有・発信を行いながら起業家支援プロジェクトを進めています。SIAでは、特に起業家の方がこれから困難な社会課題に向き合うためのビジョン作成に重きを置いています」
いま東北や日本にある社会的課題に真正面から立ち向かっていく人材を集めるのは、容易ではない。「何より熱いマインドを持っていることが大切です。震災後の10年を生きてきて、この東北の社会をもっとよくしたい、地域のためになることをしたい、そんな思いを強く持っているけれども、どう動き出せばいいのかわからない。SIAプログラムはそういう人たちのために、しっかりと私たち起業の専門家が伴走して安心して飛び出してください、というところまで持っていきます」
徹底的なディスカッションを経て、ビジョンを言語化し、そこまでの道筋を明確に示すことによって、それぞれの第一歩のあり方が目の前に鮮やかに見えてくる。「目標が定まれば、必ず一歩を踏み出す勇気が湧いてきます。すでにこのプログラムから卒業して事業を立ち上げた人たちが地域を変え始めています」
SIAの参加者が企画を発表する仙台ソーシャルイノベーションサミット2018
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起業家向けのイベント「SENDAI for Startups!」
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震災後10年の次の10年は
課題を解決していくステージ。
人が人を育てるエコシステム
復興初期の頃は、ボランティアの人たちを含め、様々な人が東北の外から来て活動するケースも多かった。竹川さん自身も東北に駆けつけて、東北風土マラソンを立ち上げた。しかし、これから先も長く続いていくためにはこの東北の地でそういう人たちを生み出していかなければいけない、と竹川さんは考えている。「経営・ビジネスの分野でエコシステムという言葉が使われますが、まず復興や社会起業に立ち上がった人が、次に挑戦しようとする人を支援していく、そしてまた次の人へと自然に循環していく。そんな自然な循環こそエコシステムだと考えています」
INTILAQにおける起業家育成の場面では、メンターと言われる人々がプログラム受講者の伴走をするが、最初はさまざまな分野の専門家がそれにあたる。竹川さんなどセンターのメンバーや、日本や世界で活躍している起業家、さらに会計・法律・IT・クラウドファンディングなどの専門家など。こうしたメンターネットワークを形成して、新しい起業志望者がそれぞれの課題で壁に当たった時も、それを解決できる仕組みづくりを竹川さんは実行してきた。
「年数が経ってプロジェクトの積み重ねの成果として、プログラム受講者で実際に起業した人たちが、起業家のロールモデルとしてこのネットワークに加わってくることを目指しています。それこそが重要じゃないかなと思っているのです」
竹川さんが考えるエコシステムが成り立つためには、多様なメンターがいることが必要になる。様々な力を身につけた先輩がメンターとして後輩を育て始めるということを、ようやくできるところまで来た。「これからその人たちが育って、また次の世代を育てていくという段階になるまでは、まだ時間はかかるのですが、その基礎の部分はようやく見えてきたと感じています」
IMPACT Foundation Japanが運営する拠点施設INTILAQ東北イノベーションセンター
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新しい東北づくりに向けた後継者づくり
新しい東北づくりという面でも、この10年は基礎をつくった10年だったのだろうと、竹川さんは感じている。「復旧から復興へとステージが進み、次の10年は、そこから心の復興というステージ、もしくは課題解決というステージに入っていくのではないかと思っています」
いろいろな課題を解決していくことで東北自体も成長するし、その社会課題の解決策は、東北としての新しい発信源になり得る。
「復興を超えて、社会課題の解決策を発信するところまでできたら、それこそが本当の意味で『新しい東北』と言えるのかなと思っています」
1つの人集めの仕組みとして根付いてきた東北風土マラソンを例にして、竹川さんはまちづくりやまちの活性化は「結局は、人づくり」と話す。
「東北風土マラソンの継続性を考えた際も、最初は“後継者を探す”という考えがあったのですが、今はそうではなくて“後継者はつくる”ものだろうなと思っています」一緒に考え行動することによって、何かをつくり出していく、その思いを共有することによって自然に次の人に伝わっていく。
「同じように起業家育成の場面でも、これからは新たな課題にチャレンジして何かを起こしていく人たちをどんどんつくっていかないと、課題が複雑化して個別化していく世の中において、1人や数人の人だけで解決するのは無理だと思うんです。そうなると身近なところからでもいいし、小さくてもいいので、変化を起こす人たちを1人でも多く育てて支援して、伴走していくことが大切だと思っています。いったん加速がついたら、本人の想いさえ強ければ自分で走り続けていけるでしょうし、あとは折に触れて助けられればいい、という段階になります」
東北に根ざす心意気を大きな力に変えて
竹川さんたちは、今「ココロイキルヒト」というテーマを掲げて活動している。心が生きているという意味もあるし、心意気がある人という意味も入っている。「東北は、新しいことに取り組む土台としての心意気がある土地だと思っていて、震災を経験したからこそ人に対する優しさや地域に対する思いが強い人がすごく多い場所だと思っています」東北は、思う力、心意気は潜在的に十分に強いのだと、竹川さんは感じている。
「あとはどう一歩を踏み出すかということだと思います。そのときに重要な考え方はいきなり何か大きいことをする必要はなくて、たとえば自分の隣の人を笑顔にすること。それ自体が、社会変革だと思います。“隣の人を笑顔にするだけでも立派なイノベーション”というくらいのマインドセットで、何か1つでも新たな挑戦をするということが重要なのではないかと思います」
竹川さんは、「東北風土マラソンも東北での起業家支援も、少しでも東北や日本中に笑顔の総数を増やしたい、という思いで続けてきていて、これからも続けていきたいと思っています」と話す。また、「最終的には、東北での社会課題解決のモデルやエコシステムづくりを、世界にも発信していきたい。そうして東北と世界をつないでいくことが、これからの目標です」と続ける。
東北をより深く見つめ、地域の中で挑戦を続けることで、新たな東北の力をつくり出す。やがてそれが、大きな世界の動きにつながっていく。
「東北の心意気と価値を、もっと世界に発信すべきだ」と語る竹川さん
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