勘と経験に頼っていたやり方から
ITを活用して新たな水産業へ。
震災で壊滅的な被害を受けた水産業
親潮と黒潮がぶつかる海域であり、世界三大漁場に数えられる三陸沖では多種・多様な魚が豊富に獲れる。しかし、震災により県内の水産業は壊滅的な被害を受けてしまった。2010年に年間347,911トンあった漁獲量が、震災があった2011年には159,089トンに激減。養殖業のダメージも凄まじいものがあった。宮城県のカキは2010年には年間約32,000トン収穫され、広島県に次いで全国2位のシェアを誇っていたのに2011年は約3,400トンに減っている。また、海苔養殖も養殖筏や漁船、海苔網などの多くに被害がありました。震災直後、養殖そのものを行えなかったところもあり、2009年に年間約25,000トンあった収穫量が2011年は年間約5,100トンまで落ち込んでいる。
20代から30代にかけて水産業と関わりを持った三嶋さんは、被災した地元の水産業を自社の技術を活用してどうにかできないものかと考えるようになった。「震災後、今まで獲れていた魚が獲れなくなる、逆に獲れなかった魚が獲れる、カキの大量死があった翌年には数十年に一度と言われるほどの良作になるなど、海の変化が大きく、漁師の長年培ってきた経験や勘が活かせない状況が続いていました。海の変化の原因を探ろうにも、過去の漁場の状況は漁師の手書きの日誌に記載されているのみ。個々の漁師の主観が強く、分析は困難です。水産技術総合センターが公開している水温や栄養塩などのデータはありますが、データの取得から公表までに数日のタイムラグもあります。また、漁師が欲している漁場のデータではないため、漁業に役立てるには工夫が必要となります」
漁師からは「自分の漁場のデータを取得することで作業環境を知りたい」「養殖漁場の栄養状態などを知ることで病気への対策をしたい」と切実な声も聞かれるようになった。漁師自身も海の情報のデータ化、データ活用の必要性を実感し始めていたのだ。
震災前、養殖に欠かせない「種カキ」の販売量は宮城県が全国1位だった
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宮城県産の海苔は「寒流海苔」という名称でブランド化されている
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若い世代の漁師がITに興味を示す
仙台で生まれ育った三嶋さんは、周りの人々に育ててもらったという思いが人一倍強い。「学生の頃は野球に精を出し、甲子園に出場した際も地域から応援してもらいました。アンデックスを設立してから3年後に起きた震災で、私自身の地域への思いは一層強固になりましたね。地元企業として宮城県の一次産業に何かできることはないか、そう考えるようになったのです。既に農業ITは先行事例がありました。しかし、水産業では前例がない。沿岸部を実際に歩いてみて、漁師と相談し徐々に構想を練っていきました」
三嶋さんは漁業関係者から、どのように受け止められたのだろう。「最初はとても冷めた反応でしたよ(笑)。『IT企業が何しに来たの』というような反応でした。ただ東松島の漁師は理解がありました。数回にわたって勉強会を開いたところ、20代〜40代前半ぐらいの若手の漁師が中心となって、私たちを迎え入れてくれました。従来のようなアナログの手法ではなく、山積する課題をITが解決する可能性を感じ取ってくれたのはありがたかったですね」
若手の漁師と水産業の未来について語り合う三嶋さん
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ITにより水産業の活性化を促す
アンデックスは松島湾近海を漁場とする宮城県南部漁業士会の漁師の方々や、公立はこだて未来大学の和田雅昭教授などに協力を仰ぎ、2014年度より「水産×IT」事業として水産業へのIT活用推進に取りかかった。「和田教授はこうした問題解決の先駆者です。iPadアプリ『デジタル操業日誌』を利用したマナマコの資源管理支援システムや、安価で簡単に設置可能な水温測定のための『ユビキタスブイ』の開発などを行っています」
水産×IT事業は、漁師が欲している漁場の水温の測定を行い、漁師が漁業に活かせる形に整形(スマートフォン向けアプリケーション化)し提供している。「海苔の食育のためのアプリケーションや、競りのための情報共有システムなど、海の環境把握、漁師の漁業支援だけではない、水産業の支援・活性化の取り組みも行っています。現在は主に松島湾周辺海域でカキと海苔の養殖を対象に行っていますが、将来的には宮城の水産業の全てを対象に行い、水産業そのものを盛り上げたい。松島湾から宮城へ、宮城から東北へ、東北から全国へと広げていき、ITによる日本の水産業活性化を目指します」
海洋モニタリングに使われるユビキタスブイ
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スマホで確認できる水温測定データと航跡情報
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多くの人々の協力により「見える化」を実現
水産×IT事業は水産業における「見える化」を実現したが、アンデックス単独でできるものではない、と三嶋さんは力説する。「現場の漁師、センサーの製造メーカー、ソフトの開発業者、海洋生物を専門に研究する大学の先生方と協力し合うことで、理想的なものに近づけていくことができます。また、どんなに優秀なエンジニアであっても、机の上で考えられることには限界があります。現場では想定外の出来事が起こるもの。それにどう対処するか考え、速やかに対応していくことも私たちの仕事なのです」
沿岸部の復興はまだまだ道半ばと三嶋さんは考えている。「水産業は従事する人が少なく、担い手が不足しています。従来獲れていたサンマが獲れなくなるなど、自然界の問題もあります。2020年は新型コロナウイルスにより値崩れが起きる事態もありましたが、せっかく獲れても安値では商売にならない。廃棄する他ありません。ただ、養殖の場合はちょっと事情が違い、見える化した情報を活用し、品質と生産性を上げ流通の仕組みも変えることにより、私たちIT企業のサポートで一定レベルの回復は見込めるようになります」
沿岸部の復興に全力で取り組む三嶋さん
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失敗から貴重な経験を積み重ね
地域社会と地場産業を変革する。
いい仲間といい時期にいい出会いを
情報は発信することに意味がある、というのが三嶋さんの持論だ。「フェイスブックやツイッター、ブログ等で発信するのはもとより、メディアへの露出を増やし、イベントを開催するなど、情報発信の手法はいくらでもあります。問い合わせがあれば、漁業関係者や自治体等の担当者を現地へお連れして漁場(フィールド)を見てもらう。いい仲間といい時期にいい出会いをすることで、しっかりとしたネットワークを築くことができます」
新しいものに取り組もうとすると、どうしても失敗を恐れてしまいがちだが、三嶋さんは失敗を恐れない。「新しいものに取り組むためにはチャレンジ精神が必要です。この業界はどうしても受託型の企業が多く、そういった古い体質からの脱却も私たちは目指しています。失敗してもいいんです。失敗した分だけ経験が積めますから。失敗を重ねながら新しいものを開発できれば、取り組む価値があります」
苦心して独自に開発したアプリやシステムが多種多様な業種で活用されるようになることを三嶋さんは望んでいる。
三嶋さんは現場に足しげく通い、コミュニケーションを取って絆を深める
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感謝の気持ちを忘れず地域に恩返し
近年「デジタルトランスフォーメーション(DX)」という言葉を耳にすることがないだろうか。進化したデジタル技術を浸透させることで、人々の生活をより良く変革するというものだ。「これまで農林水産省をはじめ国は農業にばかり目を向けてきました。今後は水産業にも力を入れるべきでしょう。それには既存の価値観や枠組みを根底から覆すDXが重要になります。現場から流通まで一貫した取り組みを行うことで、水産業にかかわる関係者全員が豊かになれば次代の担い手も出てきます。将来的にはITが生産者と消費者をウイン・ウインの関係に持っていけると思います」
一方で、間もなく震災から10年を迎えようとしている現在、三嶋さんの思いは複雑だ。「10年は数字としての区切りに過ぎません。被災者の一人として『震災は終わっていない』というのが私の率直な感想です。今こそ震災を風化させない努力や、各業界が今後どう取り組んでいくべきか振り返る時期に差し掛かっていると思います。私たちアンデックスの武器はITです。ITで社会に貢献できると固く信じています」
これまでの人生で様々なことを学んできた三嶋さんは、先駆的なIT企業の寵児となった現在も決して感謝の気持ちを忘れない。「多くの先輩から社会人として、企業人として、人として正しいことを教えられてきました。2008年にアンデックスを起業した際は、仙台市に応援してもらいました。それから12年、お陰様で私たちは皆さんを応援できる立場になりました。水産×ITで培ったノウハウを生かして、いずれは酒造など、さらに幅広い業界への展開も検討していきたいですね」
地域社会と地場産業に恩返しをしたいとの希望を胸に、三嶋さんの夢は大きくふくらんでいく。
ITの力で地域社会を応援していきたい、と抱負を語る三嶋さん
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