STORY 02

身の周りに「ちょこっと」した
手助けが必要な人がいます。

震災から生まれた「ちょこっと・ねっと」

ぱるけでは大規模災害に備えてインターネット回線による一斉安否確認システム「アシストメッセージ」をあらかじめ導入し災害に備えていたが、震災時は機能しなかった。「あの日は時々つながる携帯電話の通話とメールが唯一の連絡手段になってしまいました。混乱する中、各事業所では管理職を中心に冷静に子どもたちの安全を確保し、保護者との連絡を取りました。保護者が迎えに来るまで子どもたちを守ってくれたスタッフを誇りに思います」と谷津さん。

震災はぱるけの事業に大きな転機をもたらした。「改めて人と人とのつながりや、自分の暮らす地域とのつながりの大切さを実感しました。ライフラインが寸断され、物資が不足するというかつてない状況に追い込まれた時、人々は買い物の行列でも、往来ですれ違う他者との関わりでも、お互いに言葉を交わし、無事でいることへの感謝が自然に生まれたのです」と谷津さんは振り返る。
仙台市の放課後等デイサービス・児童クラブを利用している学齢児童を対象に行ったアンケート結果によると、震災時、障害児世帯は、そのほかの世帯に比べると子どもの様子で「困ったことがある」と回答した人が多かった。停電によりいつも見ているテレビ番組が見られなくなり、混乱し泣いたり怒ったりパニックになる子がいた。津波の映像にショックを受けた子、指しゃぶりをするようになった子もいたという。被災直後は障害児世帯の57.2%が自宅や車中で避難生活を送っている。彼らをいちばん支えたのは、地域の人からの励ましや行動だった。携帯がつながらない、ガソリンがない、そんな時に近くの人に声をかけてもらうだけで、本当に心強く感じられたという。たくさんの声に耳を傾け、谷津さんは新たな取り組みを始めることとなった。

地震などの災害時だけではなく、いつどこで困ったことがあっても、そこで出会った人が「ちょこっと」気が付き、「ちょこっと」手助けをして、その連鎖が広がり、実践する人が増えることにより、障害児者とその家族は、いつでもどこでも安心して生活することができるのではないか。そう考えた谷津さんは、公益財団法人助成財団センターからの助成を受けて、2012年1月に障害児者の保護者11名とぱるけのスタッフで「ちょこっと・ねっと」を立ち上げた。
地域に見守ってくれる人が増えること、障害児者の家族と本人が受援力(支援を受ける力)を高めることを目的として冊子を作成。冊子は「家族編」と「サポーター編」の2冊ある。また紙芝居も作られ、児童館などでの出前ワークショップ等で活用されている。

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冊子で「ちょこっと・ねっと」について分かりやすく紹介。どちらもぱるけのホームページより無料でダウンロードできる
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宮城県立光明支援学校のPTA主催による勉強会で講演する谷津さん

受援力をつけていく必要性

「ちょこっと・ねっと」の先進的な取り組みは注目を集め、全国からも問い合わせがある。2019年には千葉県野田市で初の出前講座も開催。中心的な役割を担ったのが熊谷さんだ。「講座には肢体不自由児者父母の会や学校関係者が参加されました。震災時の活動等を紹介させていただきましたが、特に強調したのは困った時『助けてください』と声を上げましょう、ということ。災害時には学校との連携も重要になります。ぱるけは学校の一斉配信メールに登録させてもらっているため、リアルタイムに実態を把握できる仕組みを作っていました。私たちのこのような取り組みが、参加者にとって役立てばと思います」

受援力をつけていく必要性を一人でも多くの方に知ってほしい、と熊谷さんは望んでいる。「支援を受ける側のみならず、支援する側の意識も重要です。意識せずに自然に支援できるようになれば、それに勝るものはありません。ぱるけでは冊子や紙芝居などいろいろなツールを作っていますが、まず私自身が意識改革しなければ、と思っています」
富澤さんも受援力に関して思うところがある。「『困っています。助けてください』『自分は○○ができません』といったことを幼い頃から発信していくことで、子ども自身が受援力を高めていくものです。私たち職員も自分だけで背負わず、困った時には周りに声を掛けることもまた受援力になるのだと思います」

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熊谷幸恵さん(ぱるけあでらんて所属)
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千葉県野田市で出前講座を開催

てらまちフェスタで新たな交流も

ぱるけは仙台市や関係団体とのネットワークづくりも積極的に行っている。仙台市内で放課後等デイサービスを運営する法人を対象とした「放課後ケアネットワーク」が立ち上げられた当初よりぱるけは参画。「仙台市への要望書を提出したり、研修や啓発を行い、より良い放課後ケア事業を作り上げていく取り組みに従事しています」と谷津さん。

2013年チャレンジ事業として仙台市から助成金を受け「あそびでつながるまちづくり」を行い、ご近所会議を開催。翌年から秋休みに「てらまちフェスタ」として実施されることとなり、富澤さんにとって大事なイベントになった。「ご近所会議は通町地区の団体と顔が見える関係づくり、障害児者や支援を必要とする人などの見守る目と心を共有し啓発することを目的に実施しています。てらまちフェスタは毎年1回、2014年から2019年まで計6回開催しました。紙芝居や折り紙など、小さな子でも気軽に楽しめるイベントを行い、支援を必要とする人などの見守る目と心を地域住民が共有できるよう啓蒙活動を展開しています」
2020年は新型コロナウイルスの影響により「てらまちフェスタ」は中止されてしまったが、このイベントの果たすべき役割は大きいと富澤さんは思う。「地域にはいろいろな方が暮らしています。小さいお子さんもいれば、お年寄りもいます。来場者も私たちも気軽に声を掛け合って、初回100人規模だったものが2019年には300人にまで参加者が増えました。通町小学校を拠点に、人と人とのつながりが強くなっているのを回を追うごとに実感します。このような交流の積み重ねにより地域のつながりも生まれ、災害時に支援と受援がスムーズになります」

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富澤美幸さん(ぱるけ中山所属)
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てらまちフェスタで、地域の子どもたちにちょこっと・ねっとの紙芝居を上演
STORY 03

障害を持つ子に寄り添いながら
メッセージを発信し続けていきたい。

ぱるけのキャラがグッズの顔に

街なかで可愛いキャラクターが描かれたパスケースを見かけることはないだろうか。ぱるけオリジナルのキャラクターは、仙台市在住のイラストレーターむらかたみゆきさんが考案したものだ。「震災の経験から、受援力を発揮するためにも困っている人に気づいて手助けしてもらえるツールとして、周囲の配慮や手助けをお願いしやすくするヘルプカード入れを作りました」と谷津さん。
同じキャラクターが描かれた「チャレンジド乗車中」というステッカーを貼った車も見かける。「車いすのマークは、障害を持つすべての人々が利用できる建築物や施設であることを示す万国共通のシンボルマークです。ただ、車いす使用者だけが対象と誤解されることもあります。一見わかりづらい障害を持つ人が使用すると理解されにくいのが実情です。そのような問題を少しでも解決できればと考え、オリジナルのステッカーを作っています」このマグネットを貼ることで、飛び出しや見失いの可能性があるので入口近くに駐車したいというニーズを知らせることができる。車に貼ればゆっくり走ることがあるといったメッセージも伝えられ、障害を持つ子どもやその家族の一助になれば、と谷津さんは期待する。

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見た目も可愛いオリジナルのパスケース
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車に貼られた「チャレンジド乗車中」ステッカー

震災について伝えることの大切さ

自分が住んでいる地域で、安心して生活したい。このミッションを達成するための手法がぱるけの様々な事業となって展開されているが、谷津さんは最近悩むことも。「18年余り、ぱるけの事業を行ってきて思うのは、障害児者サービスでできることの限界です。地域の方々が見守り、積極的に声を掛けていくことで、障害を持つ人であっても一人で買い物や外出ができる社会になれるものと信じて、今後はより一層広い視野に立つ必要があるでしょう」

2020年のコロナ禍は、ぱるけの活動にも影響を及ぼしている。イベントや講演会・研修の機会が減り、学生のボランティア受け入れもままならないのだ。混乱のまっただ中にあって、従来からあった制度のあり方も見直す時期に来ている。
「どんなに避難訓練を行っても、絶対大丈夫ということはありません。世の中にはどうにもならないことはたくさんあります」と谷津さんは語る。しかし、決して諦めている訳ではない。「様々な課題に向き合い、克服するために何をすべきか、どうするのかを見直し伝えていくことが肝心です。NPO法人のぱるけは、公的サービスにより課題を解決していく使命を担っています。私たちの経験を若い世代の皆さんに継承しながら、今後も責任を持って様々な事業に取り組んでいきたいですね」と谷津さんは抱負を語る。

「間もなく震災から10年が経とうとしています。震災の年に生まれたお子さんは現在小学4年生に。当時社会が大変混乱している中で出産や子育てをしてきたご家庭が、現在ぱるけを利用されています。私たちは大変な経験をされたご家庭に、これからも寄り添っていきたい。また、震災を知らない子どもたちに、震災時の経験を伝えていくことも、ぱるけの使命と考えています」と谷津さん。障害児者と家族と一緒に「伴走」することで、明るく希望に満ちた社会が築かれることを願い、ぱるけは更に活動を広げていくことだろう。

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富澤さん、熊谷さん、谷津さん(左から)