STORY 02

気軽に参加できるゲームから
多くの「気づき」を得てほしい。

ほかにも様々な防災・減災ゲームを実施

クロスロード以外にも、「わしん倶楽部」は多種多様なゲームを取り入れて防災教育に取り組んでいる。例えば、幼児向け防災カードゲームを用いた「ぼうさいダック」は、子どもたちが自分で自分の身を守るために、安全・安心の「最初の一歩(First move)」を学ぶもの。カードの表面は災害の絵、裏面は災害に対するポーズをとる動物の絵が描いてあり、子どもたちは表面を見てとっさにポーズを予想し、体を動かす。地震、台風、といった自然災害だけでなく、誘拐、火事、道を渡る時などについての対応も、生活の一環として身につけることができる。また、「ぼうさいカルテット みちのく編」は、防災ゲーム研究会の協力を得て作成した「わしん倶楽部」オリジナルゲーム。これは、すでにある「ぼうさいカルテット」に、田中さんたちが東日本大震災に関する独自のキーワードを加えたもの。歴史編、一般編、救急編、生活安全編があり、防災に関することが描かれたカードを4枚集めるルールで、遊びながら防災の知識を学ぶことができる。
「実際に、東日本大震災の少し前に、仙台市内の保育園で『ぼうさいダック』のゲームを行いました。そのあと地震が発生した時、お昼寝の時間だった園児たちはお布団の上で頭を隠すダックのポーズをとったそうです。しっかりと学び、覚えていたからこその行動です」
他人事ではなく自分ごととして防災をとらえ、いざという時に正しく行動するために、子どもを対象とした防災教育に力を入れていきたいと話す。

子どもと大人が一緒に学ぶ

ほかにも、非常持ち出し袋に入れるものを選んでマスに書き、本当に必要なものを考えさせる「ビンゴゲーム〜非常持出し袋を考えよう〜」や、地域の方の体験や地域の地理・歴史等を参考に作成した「ぼうさい駅伝」など、保護者と子どもが一緒に参加できるものも多い。
「自分の暮らす地域では、どんな災害が起きやすいのか。その災害に対してどのように備えておけばよいのか。避難する時の注意点、いざという時の救命・救急に関する正しい知識など、大人でもよく理解していない方が多いのです。ゲームを通じて幅広い防災知識を身につけていただければと思っています」
また、子どもならではの思考や発想が、大人の「気づき」を促すケースもある。例えば、クロスロードの問題で「3000人が避難する避難所で、2000食分しか食料がない時、食事係であるあなたはどうしますか」というものがある。この問いに考え込んでしまう大人は多いという。
「こういう時、子どもは『簡単だよ。半分こすれば2倍になるから、みんなに行き渡るよ』と言うんです。非常時は物事を柔軟に考えなくてはなりませんから、2000食分しかない、という前提にとらわれるよりも、半分こして4000食にしたらいいんじゃないかという発想が結果的に多くの命を救うのかもしれません。もちろん正解はどこにもありませんが、この意見を聞いて気づきを得ることが重要なのです」
子どもは、ゲームを進めていく中で他者の意見を聞き、自分の意見を変えることも多々ある。意地にならず、その場で良いと思った意見を尊重できるのは子どもならではだ。田中さんは「子どもの柔軟性、発想の転換こそが災害時に役立つ力」であると話す。

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小学生による「ぼうさいダック」や、親子で行う「ぼうさい駅伝」の様子

防災と健康のための「歩一歩たいそう」を提案

さらに、年齢を問わずもっと多くの方々に防災教育を広めるため、広島県呉市社会福祉協議会とフィットネスクラブを運営する医療機関が制作した「歩一歩体たいそう」の歌詞を、「ズーズー弁翻訳版」として、東北になじみのある方言にアレンジ。これは、童謡「うさぎとかめ」の替え歌を用い、歌・防災・健康体操を組み合わせた取り組みで、2012年にはCDも制作されている。歌は12編あり、「じしん」「かじ」「たいふう」「つなみ」といった様々なテーマがある。健康維持、防災知識の習得、災害時のエコノミークラス症候群予防にも役立つ。誰もが一度は聞いたことのある覚えやすいリズムで、体を動かすきっかけになることから、高齢者にも好評だ。
「親しみやすい言葉と曲調で覚えやすい防災マニュアルを作れたらと、仙台市宮城野区の市民有志の皆さんにご極力いただきました。基本的に、自分の身は自分で守ることが大前提。災害で得た教訓を風化させずに、歌や体操という形で普及していきたいです」
これまで防災・減災活動を続けてきて感じることは、「縁」の大切さだ。イベントや勉強会などで出会った仲間によって、「わしん倶楽部」の活動は広がっていった。
「呉市の『歩一歩たいそう』を知ったのも、クロスロードの全国大会で出会った消防士の方がきっかけでした。また、私たちコアメンバーは全員が年を重ね、家族の介護などで活動に参加することが難しくなってきています。ですが、東北大学・宮城教育大学のサークルの方々が協力してくださったり、仙台工業高校の学生さんたちが『歩一歩たいそう』のDVDを作ってくださったりと、若い方に参加していただくことで、私たちの活動はさらに進化していけると思います」

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「歩一歩たいそう」は、災害、犯罪、事故などに対してどのように対応すべきかを歌にしたもの。実際に田中さんに体操を見せていただいた
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フェーズフリー、PUSHなど
広がる防災・減災の取り組み。

無理なく普段からできる備えを

震災から10年が経とうとしている今、田中さんは新たな展望を抱いている。
「これから取り組みを深めていきたいと考えていることはたくさんあります。ひとつは、いつも(日常)ともしも(非日常)を区分しない『フェーズフリー』の考え方を広めることです」
具体的には、日常の暮らしに「フェーズフリー」を取り入れることを勧めたいという。防災用品のほとんどは、普段はクローゼットの中などにしまわれ、非常時のみに取り出して使うもの、と考えられがちである。しかし、「フェーズフリー」は普段使うものを非常時も使うという考え方で、わかりやすい具体例としては「ゴミ袋を非常時は雨具として使う」などが挙げられる。わざわざ非常用のアイテムを備えるのではなく、常に使うもの、身のまわるにあるものをうまく役立てることができる考え方。(備えない防災)
この「フェーズフリー」から派生して、田中さんは親子向けに「持ち寄り食堂」という講習を開いている。これは、家にある賞味期限ぎりぎりの食材を持ち寄り、ポリ袋を使って料理を作るというもの。被災当日を想定し、ライフラインが使用できない想定で、レシピを考えるところからスタートする。
「震災直後は、非常用の防災グッズが注目されていろんな商品が出ました。しかし、時が経つにつれて徐々に関心が薄れ、非常用持ち出し袋の中身をこまめにチェックしなくなる。一時的な備えではなく、常に家庭にあるものを非常時にも使うという考え方で過ごしていただきたいと思っています」

命の大切さを広めていきたい

そして、ふたつめが「PUSHプロジェクト」だ。「もし、目の前で人が突然倒れたら」という仮定で、アニメDVDと簡易キットを活用し、「胸部圧迫とAEDの使い方」の普及を行っている。
「PUSHプロジェクトは、胸をプッシュ、AEDのボタンをプッシュ、人を助ける勇気をプッシュ、という3つのプッシュを推奨しています。簡易キットのおかげで、子どもたちは楽しく学んでくれます。救命の知識は、災害時でなくても身につけておいて損はありません。住民同士で救命できる地域づくりを目指しています」
学校を中心に心肺蘇生教育を実施。未来を担う子どもたちへ「命を大切にする心」の育成に取り組んでいる。このほかにも、田中さんはペットの救命を目的とした「ペットセーバー」の資格を取得。家族同然のペットの命も人と同じく大切に扱うべきという思いから、ペット用の救命器具を消防車に搭載するよう働きかけるなど、活動の幅をますます広げている。

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「持ち寄り食堂」と「PUSHプロジェクト」の様子

防災のイメージを明るいものに変えたい

防災と聞くと、なんとなく暗い、重いイメージを抱く方が多いのではないだろうか。東日本大震災を経験している方の中には「心の被災」が深く、簡単に癒えるものではないため、防災に対し構えてしまうこともある。それでも、田中さんは「楽しい防災」を地道に伝えていきたいと話す。
「防災・減災は、これから先もずっと続くもの。未来を担う子どもたちへ繋いでいかなければならないものです。楽しくなければ何事も続きませんよね。だから私たちは、明るく、楽しく防災について学ぶことを伝えていきたいと思っています」 防災・減災と“楽しさ”は、相反するものではなく共存することができる。その信念のもとで自身も楽しみながら活動している田中さん。これからも、活動を通じてそのことを証明し続けていく。

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青葉区中央市民センターにて行われたクロスロード。意見交換タイムでは時折笑いも起こるほど、和やかな時間となった