キーパーソンインタビュー

大切なのは普段の備えと判断力。
ゲームを通じて「楽しい防災」を広めていく。
わしん倶楽部 代表 田中 勢子さん

震災前から活動を開始し、講習会やイベントなどで地域における防災・減災についての知識や心構えを伝えている「わしん倶楽部」の田中さん。
ゲームを用いたプログラムは、子どもから大人まで楽しんで参加できると評判だ。
「楽しい防災」を信念に掲げる田中さんに、防災教育のあり方、そして今後の展望について尋ねた。

STORY 01

楽しく防災・減災を学べる
クロスロードとの出会い。

田中さんが「防災」に関心を持ったきっかけは、2005年までさかのぼる。宮城県沖地震の発生確率が高まる中、その当時、父の事業を引き継いでいた田中さんは、従業員の安全を守るため、防災について勉強し、民間資格の「防災士」を取得した。それからしばらく自己研鑽に励んでいたところ、市民向け研修会で「クロスロード」開発者の一人である慶應義塾大学吉川肇子教授と出会う。クロスロードとは、阪神・淡路大震災で、災害対応にあたった神戸市職員へのインタビューをもとに作成された、カードゲーム形式の防災教材のことで、災害などに関する事例を自らの問題として考え、YESかNOかで自分の考えを示すとともに、参加者同士が意見交換を行うものだ。「大都市大震災軽減化特別プロジェクト」(文部科学省)の一環として開発されたこのゲームは、防災教育として学ぶべきことの幅広さに苦労し、何を中心に学べばよいか試行錯誤していた田中さんにとって、とても画期的なものだった。
「ルールがとてもシンプルなので、子どもから大人まで誰でも参加できて、楽しみながら防災・減災について考えるきっかけにもなる、素晴らしいツールだと思いました。このゲーミングシュミレーションを活用すれば、もっとたくさんの方々に防災・減災の意識を広めていくことができるはず。そんな私の考えに賛同してくれた5人の仲間たちと、2009年1月に市民団体『わしん倶楽部』を結成しました」
災害を怖がるだけではなく、楽しみながら学び、「自助・共助・生き抜く力」を市民の方々とともに育んでいきたいという思いからスタートした「わしん倶楽部」。田中さんを含めた6人のメンバーで一歩を踏み出した。

クロスロードで伝えたいこと

「災害時の対応は、“こんな時、あなたならどうする?”という岐路の連続です。実際に、私は日頃からクロスロードで様々な岐路を予想し、自分なりの考えを持っていたことで、いざ被災した時に最善と思われる選択肢を判断することができました」 クロスロードは、正解のないカードゲームである。設問に対し、イエス・ノーのうちひとつしか選べない制約を課すことで、問題を自分ごととして考えるようになり、判断力を養うことができる。また、このゲームに欠かせないルールが「人の意見を決して否定しない。自分の意見は途中で変えてもいい」というもの。この原則があるからこそ、あらゆる立場の方々が自由に意見交換できるのだという。
クロスロードの問題には、このようなものがある。「地震で自宅は半壊状態。一家そろって避難所へ。非常持ち出し袋には、水も食料も3日分ある。避難所には水も持たない家族が多数。その前で、あなたは袋を開ける?」この問いに、もちろん正解はない。参加者はイエス・ノーの選択を迫られるが、「周りの目が気になって、開けられないと思う」「中身を確認するためにも開ける。困っている人には少し分けてあげる」といったように、各々で答えは異なる。また、「あなたは市民です。大きな地震のため、避難所(小学校)に行かなければなりません。しかし、家族同然の飼い犬・もも(ゴールデンレトリーバー、メス3才)もいる。あなたは避難所に一緒に連れていく?」という問いは、実際に災害が起こった時、世間でも賛否両論分かれた出来事だ。これに対しても、ゲームの参加者それぞれで考えが違ってくる。
「このゲームでは『ペットを避難所へ連れていく』と言った方に対して、『それは迷惑になるんじゃないか』と否定するような発言は禁止しています。大切なのは正解を導き出すことではなく、他者の意見を聞き入れることで問いに対する理解を深め、社会には様々な立場の人がいることや、自分のものさしで測れない状況があると気づくことなのです」

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「わしん倶楽部」は有志による市民活動団体。代表は田中さん、顧問は吉川肇子教授が務める

震災直後は一時活動できず

「わしん倶楽部」の活動がスタートした2年後に、東日本大震災が発生。田中さんはあの日、仙台市内にあるビルの4階で会議中だった。
「あと30分で会議が終わるというところで、横に大きく揺れました。とても長い時間揺れていたと思います。その後歩いて宮城野区の自宅へ帰る途中、街中のガラスや天板が落ちている様子を見て驚きました。これはただごとではない、と」
田中さんは帰宅途中で、同じ町内の足の不自由な方から「避難所に付き添ってほしい」と頼まれ、そのまま避難所へ向かった。およそ1000名が避難していた中学校で、食事の分配などを行う担当となり、自宅に帰ることのないまましばらく避難所で過ごすこととなる。
「その後半年以上、体調が思わしくなかったので、『わしん倶楽部』としての活発な活動ができなくなりました。今こそ伝えなければならないというタイミングで口惜しかったですが、療養期間を経て活動を再開しました」

東日本大震災を機に人々の意識が変わった

自らが被災したことで防災教育の必要性を再確認した田中さん。震災前と後で、人々の意識も変わっていたという。
「まず、震災直後は皆さんの防災・減災への関心が段違いに高まりました。一般の方からは災害用にどんな備えが必要か、町内会の方からは避難所のレイアウトや、支援物資の配布の仕方など、様々な質問がありました。町内会でもマニュアルはある程度できていましたが、今ほどしっかりしたものではなかったので、これを機にきちんと準備しておこうという意識が働いたのでしょう」
人々の興味関心が防災に集まるとともに、セミナーやイベントの機会も増え、田中さんは講師として各地へ赴く日々が始まった。小学校や市民センター、町内会、企業など、「わしん倶楽部」は実に幅広い世代を対象として活動を行っている。参加者を選ばないのは、「ゲーム」を主軸としているからだ。
「阪神・淡路大震災以降、防災や減災を楽しく学ぶことができるツールが数多く開発されているので、私たちはそれらを活用し、参加者の皆さんへ提案しています。楽しいゲームだからこそ、多くの人が気軽に参加できるのではないでしょうか」

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クロスロードは、イエス・ノーカードなどのツールを使ってあらゆる世代が簡単に参加できるようになっている