キーパーソンインタビュー

子どもたちの「生きる力」を育むために。
未来につながる本当の「遊び場」を取り戻したい。
特定非営利活動法人 冒険あそび場-せんだい・みやぎネットワーク
副代表理事・海岸公園冒険広場園長 髙橋 悦子さん(写真左)
理事・プレーリーダー 根本 暁生さん(写真右)

東日本大震災によって、たくさんの子どもたちが自分の「遊び場」を失ってしまった。
もう一度「心からのびのび遊べる場所」を取り戻したい。震災の教訓を胸に「冒険あそび場-せんだい・みやぎネットワーク」は、子どもたちの生きる力を育む冒険を続けている。

STORY 01

子どもたちが遊ぶ公園を
容赦なく襲った東日本大震災。

子どもが自由にのびのびと過ごせる地域づくりに取り組む「冒険あそび場-せんだい・みやぎネットワーク」。宮城県内で遊び場づくりを行なっている団体が連携し2002年2月に連絡会として発足、2005 年4月に特定非営利活動法人化した。子どもの遊びや子育てに関する情報収集や発信、遊び場・遊び環境づくりについての施策提言などを行い、2005年7月からは「海岸公園冒険広場(以下:冒険広場)」の管理・運営も行っている。

冒険広場には子どもが「おもしろそう」「やってみたい」と思える場づくりをしながら見守るプレーリーダーというスタッフが常駐している。「冒険あそび場-せんだい・みやぎネットワーク」では、子どもの自由な遊びを見守る大人の輪づくりも活動の柱だ。冒険広場の統括プレーリーダーである根本さんは、これまでの活動を振り返り、1番大切なのは地域の人とつながることだと言う。
「私たちが目指すのは子どもたちがのびのびと遊べる場をつくることです。昔は原っぱや路地裏、空き地などで子どもが遊ぶ姿が当たり前のように見られました。しかし時代とともにまちの都市化が進み、地域社会が変化するのに伴い、公園での禁止事項が増えたり、事故・犯罪に対する親の不安感の高まりなどによって、子どもたちが気軽に遊べる空間も減ってきました。失われかけている子どもの居場所、遊びの機会を取り戻すためにも、子どもを見守り、支援する地域の大人の力が必要だと思うんです」

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「冒険広場では地面を掘ってみたり、何かものを作ったりと、子どもたちが自分で遊びを生み出す。自由に遊ぶ中で生きる力を育んでもらえれば」と根本さん

一瞬にして日常の景色が消え去った

冒険広場は、2005年の開園時から地域とのつながりを大事にしてきた。2009年には、園内で六郷・七郷地区でとれた農産物の販売を行う地産地消ショップの運営もスタート。少しずつ地域の人との交流の輪は広がってきていた。
そんな時、東日本大震災が発生した。
震災当日、現場でプレーリーダーとして働いていた根本さんはその時の状況をこう語る。
「子どもたちも含め、来園者は20人くらいいました。地震が発生してからは速やかに園外に誘導し、全員無事に避難が完了しました。その後、近くの集落から住民が避難してきたので、園内で1番高い展望台に誘導し、私を含め当日勤務のスタッフで管理棟にあった防寒着や救急箱などをリヤカーに積んで住民のもとに向かいました。冒険広場に津波が押し寄せてきたのは、地震発生から1時間余りたったころ。一瞬にして松林はなくなり、代わりに濁流の海が広がりました。この時点ではできることは何もなくなったので、とにかく記録だけは残しておこうと、ひたすらに手持ちのデジカメでシャッターを切りました」

「ここは大丈夫」という過信

避難した展望台は遮るものが何もなく、風をまともに受け、厳しい寒さの中を過ごした。
「だんだんと日が暮れてくると、今日はここに泊まるしかないという覚悟が生まれていました。17時ころには展望台をブルーシートなどで囲って、雨風よけのスペースを作る準備を進めていました。そんな中、自衛隊のヘリがやってきて、私たちは救助されたのです。助かった一方で周辺地域の人たちの安否が気掛かりでした」
3人の地元住民は陸上自衛隊霞目駐屯地で数日過ごした。根本さんとスタッフは、いったん駐屯地に避難してから、津波の被害を免れた自宅まで歩いて帰った。

根本さんは、震災の被害を振り返る。
「冒険広場は海辺にある公園なので、震災前から市消防局の方などを講師として迎え、地震や津波に備えるためのスタッフ研修を行っていました。当時は専門家の知見などを考慮しても、周囲より高い位置にある冒険広場まで津波が来ることは想定されていないという話だったので、実際に津波に襲われた時は非常に混乱しました。長年地元で生活しているスタッフは、『今まで一回も大津波が来たことはないから大丈夫』だと話し、なかなか避難しようとしなかったと聞いています」

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津波の高さは約7〜8メートル。園内の幼児遊具広場、デイキャンプ場、駐車場は浸水し、水没した
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津波に襲われ、家具や漂流物などが散乱した管理棟