キーパーソンインタビュー

被災者の心に寄り添いながら
朗読会を通じて震災の教訓を伝えていく。
宮城野地区婦人防火クラブ連絡協議会
「婦防みやぎの朗読会」
会長 野田 幸代さん(写真右)
副会長 佐藤 美恵子さん(写真左)

津波により被災した人々の記憶を体験文集としてまとめ、「この思いをより多くの人へ」と朗読会を立ち上げた中心的メンバーのふたり。
これまで朗読活動を通じて、地域の絆や防災の大切さを発信し続けてきた。
あの日から10年、彼女たちが未来へ伝えたいこととは何か。

STORY 01

家族、住まい、ふるさと。
あの日、津波がすべてを奪っていった。

婦人防火クラブは全国的な組織であり、家庭での防火や防災に関する知識と技能の習得、防災意識の普及啓発を目的に活動している。宮城野地区の婦人防火クラブも歴史は長く、1963年に創立。日頃から少年消防クラブと連携した防災キャンペーンや、地域に向けた救命講習会をさかんに行ってきた。活動を行う中で、宮城野地区は防災の意識が高い地域だと感じていた。

しかし、2011年3月11日に発生した東日本大震災により、想定をはるかに超える大津波が宮城県沿岸部を襲った。佐藤さんは当時、津波により甚大な被害を受けた宮城野地区婦人防火クラブ連絡協議会の港支部支部長を務めていた。「震災直後は、婦人防火クラブの会員とは全く連絡がとれず、安否もわからない状況でした。消防署の方がなんとか連絡をとろうとしてくれたのですが、消防署へ届け出ている連絡先は家の固定電話でしたから、みんな家ごと流されてしまったのでどうしようもなかった。私自身、津波で家を失い、しばらくは親族のところを転々としていました」

宮城野地区に12クラブあった婦人防火クラブのうち、7つは壊滅的な被害を受け、活動を休止せざるを得ない状況になった。それでも、時間の経過とともに会員の安否や現在身を寄せている避難所など、少しずつ情報が集まってきた。「どうにか総会という形で港支部のメンバーが集まれたのは、震災から1年以上経った2012年5月でした。会員の中には、亡くなられた方もいらっしゃいました。それでなくても全員が被災者です。体半分が水に浸かり死を覚悟し、極限状態の中で一晩震えながら救助を待ったという方もたくさんいました。私たちは家族を失い、住まいを失い、ふるさとを失い…。津波によって一瞬にして大切なものを奪われたのです」
会員から様々な体験談を聞いた佐藤さんの中で、ある決意が芽生える。

記憶を綴る体験文集を編さん

「震災から約1年半が経ち、ようやく復興に向けて光が見え始めた頃に、『この過酷な体験を教訓として後世に残したい、残さなければ』と思いました」
文集作成が総会で承認されてすぐ、仮設住宅などを1軒1軒訪ね歩き、体験文の作成を依頼する日々が始まった。「身近な方を亡くすなど、深い悲しみの中にある方にはお声がけをしませんでした。『書ける人だけでも』とお願いし、引き受けてくださった皆さんの協力でなんとか2012年の秋に『東日本大震災の体験文集』が完成したのです」

手掛けた文集は、増刷分も含めて700部ほどが執筆者や関係者に配られた。そしてこれが、宮城野消防署の職員たちの目にもとまる。「これは、もっと多くの人に読み継がれるべきもの」と、消防署の協力のもと体験文を追加する形で「東日本大震災の体験文集Ⅱ」が発行されることとなった。

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「東日本大震災の体験文集」には28編、「東日本大震災の体験文集Ⅱ」には92編の体験文が載る

朗読という形で語り継ぐ防災

「佐藤さんを中心にみんなで必死に作った文集を、ただ配布して終わりにはしたくないと思いました。体験文の作成を依頼するにあたり、『まだ心の整理がつかない』と、書き上げるのにとても時間を要した方もいらっしゃいました。それでも、真剣にあの日の記憶と向き合い、最後まで原稿を書き上げてくださった。そうやって一つひとつ丁寧に作られたこの文集を、本棚に眠らせたまま風化させてしまうのではいけない。この先もずっと伝えていかなければならないと婦人防火クラブの中で話し合い、朗読という形で多くの人に実感していただける機会を作ろうということになりました」
野田さんが会長となり立ち上げた「婦防みやぎの朗読会」。2013年3月に初公演を迎えた朗読のつどい「あの日、あの時、私の記憶」は午前・午後ともに満員。「語り継ぐ防災」として高い評価を得た。

いちから作り上げる朗読会

第1回の朗読会はセミプロの朗読によるもので、婦人防火クラブのメンバーはサポートとして関わるのみだったが、2回目の公演から野田さんが自らナレーターとして参加した。そこから、回を追うごとに朗読会の運営や演出に積極的に関わるようになる。

体験文集の作成から始まり、朗読会の当日運営までスタッフはすべてボランティアで動いている。朗読会の監督やギター演奏などを担っているのも、「婦防みやぎの朗読会」の思いに賛同してくれた消防署職員たちだ。

「朗読する体験文の中には、当時消防隊員だった方の手記もあります。できればその部分は消防署職員の方に朗読してほしいと思っています。この朗読会の目的は、震災を風化させないこと。そして、被災者の記憶や防災の意識を教訓として未来につなげていくことです。当事者の声だからこそ聞き手に伝わるものがあると思うのです」

様々な年齢・職業・性別の方が朗読会に参加することには、子どもたちへのメッセージも含まれている。「あの日、目を背けたくなるような悲惨な状況下で、使命感を持って誰かのために行動した大人がたくさんいたことを伝えたい。実際に被災地で救助活動にあたった消防隊員の方の手記は、とても貴重なものです。仕事に誇りを持って働く大人がいることを伝え、明るい未来を描いてほしいと思いながら朗読しています」

現在、「婦防みやぎの朗読会」は、宮城野区文化センターで毎年3月に朗読会を開催しているほか、行政機関や地域団体からの要請を受けて市内各地で公演を行っている。都度台本を書き、より心に響くよう演出なども手を加えているという。

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朗読会ではギター演奏に合わせての朗読や、すずめ踊りも披露される