「えーるNo.11」を手に、「この情報誌は、あちこちの公共施設に置いてあって、多くの方から『記事を見たよ』と声をかけていただきました」と、当時を振り返る松本施設長。
「東日本大震災の発生時、耳の聞こえない聴覚障害者には津波警報や防災無線が届かず、亡くなった方も少なくありませんでした。避難所などでも、まわりの人が話していることがわからないし、声をかけられても気がつけないのです。当時はまだ、目で見てわかる防災・減災のコミュニケーションツールが、今のように普及していませんでしたし、手話通訳者も被災しており、行政手続きや医療福祉サービスといった生活支援情報も一般の人に比べて大きく遅れていました」と、松本施設長は話す。
震災直後、当時の社団法人宮城県ろうあ協会(現在、一般社団法人宮城県聴覚障害者協会)と宮城県手話通訳問題研究会が中心となり、東日本大震災聴覚障害者救援宮城本部を設置。被災した聴覚障害者に向けた様々な情報を発信するホームページを立ち上げるとともに、全国各地から駆けつけてくれた手話通訳者やとろうあ者相談員等の受け入れ調整を行い、聴覚障害者やその家族のコミュニケーション支援・相談支援のほか、現地における被害の実態調査にあたった。こうした活動を通して見えてきたのが、聴覚障害者に対するコミュニケーション支援に特化した情報提供施設の必要性だったという。
東日本大震災聴覚障害者救援宮城本部は、2012年1月に宮城県事業である、「みやぎ被災聴覚障害者情報支援センター」を受託、聴覚障害当事者や関係者に対する情報提供をはじめ、生活再建に向けた様々な支援活動および相談業務を幅広く行ってきた。2015年1月、これらの活動を発展的に引き継ぐ形で、聴覚障害者のための情報提供施設「宮城県聴覚障害者情報センター(愛称:みみサポみやぎ)」がオープンしている。
「当センターのホームページでは手話動画の配信をはじめ、情報保障(手話通訳・要約筆記等)がつくイベント等の紹介など、聴覚に障害を持つ方に役立つ様々な情報を発信しています。『みみサポブログ』も、スタッフが交代でほぼ毎日更新しているんですよ」と、松本施設長。このホームページには「防災への取り組み」のコンテンツもあり、各市町村の緊急速報のメール配信サービスの一覧や防災に関わる最新の情報など、一般の人にも有益な情報が豊富に盛り込まれている。
「震災から10年の間に、視覚から情報を得られるメール配信やアプリなどの情報ツールが格段に増えました。昨年からは警察署や消防署と連携して、携帯電話から簡単な画面操作で110番や119番通報ができる『NET119』や『110アプリ』の普及にも取り組んでいます。当センターのホームページは、目で見てわかりやすく、更新頻度も高いためか、アクセス数がとても多く、いろいろな方に見て頂いているようです」と話す。
県内の市町村各地で開催する「みみサポサロン」では、聴覚障害者やその家族を対象とした巡回相談のほか、福祉制度や防災への備え等に関する様々な情報提供のイベントを実施している。相談を待つだけでなく、こちらから出向く支援が強みだという。他にも「みみサポ通信」の発行、手話通訳者や要約筆記者、盲ろう通訳介助員の養成講座の開催、派遣など、その活動は多岐にわたる。
震災当時に比べ、手話通訳や字幕付きのテレビ放送は増え、メールやアプリ、SNS等、目から情報を得られるコミュニケーション手段は驚くほど増えた。来客のチャイムやFAXの着信を、光と振動で伝える聴覚支援用品なども進歩している。しかしそれだけでは、決して十分ではないと松本施設長は話す。「震災の時、大きな地震があったことはわかっても、避難情報は聞こえず、目に見える情報は何もありませんでした。そんな時、近所の方が呼びに来て、一緒に避難してくれたことで、命が助かった方も少なくありません。最後はやはり、アナログな“人の力”なんです」。
こうした経験を踏まえ、同センターでは地域の人々の聴覚障害者に対する理解を促す「出前講座」の開催に重点的に取り組み、その障害の特性やコミュニケーション手段などを伝えている。「民生委員やSBL(仙台市地域防災リーダー)をはじめ、行政関係者や民間企業のほか、近隣の小学校の生徒には当センターの施設見学にも来てもらっています。手話が出来なくても、身振り・手振り、あるいは筆談で、十分に伝わります。困っている人がいたら、遠慮なく声をかけて欲しいですね。また、聴覚障害者は聞こえない、聞こえにくくても、情報さえあれば自ら行動できることも知って欲しいと思います」と話す。
一方、聴覚障害者側の自助力の向上を図る取り組みとして、宮城教育大学の聴覚障害を持つ准教授を助言者に迎えた委員会を立ち上げ、聴覚障害者向けの「防災ハンドブック」を作成しているという。「有事の際、近くに頼る人がいない・スマホがない・電源がないなど最悪の事態を想定して、『何が起きたのか』・『これからどうなるのか』・『お願いしたいこと』・『助けて欲しいこと』などを相手に見せながら伝えられる、財布や手帳にも入る大きさの印刷物で、2020年度中の配布を目指しています」と、松本施設長は話す。
「『みみサポサロン』や『出前講座』の参加人数も年々増加し、聴覚障害への関心が高まっていることを実感しています。何かしなければ、と思う方が増えているのかもしれません。しかし、聞こえにくさやコミュニケーションの取り方など、まだまだ認識が乏しい方が多いのも事実です」と、松本施設長。聴覚障害者自身が、健聴者側に耳が聞こえていない事を伝え、気づいてもらい、筆談や指さしシート等を使って、音声でなく目で見てわかる情報を提供してもらう事が重要だという。
2020年は、海水浴場等で津波の危険を知らせる、気象庁の「津波フラッグ」の取り組みや、新型コロナウィルス感染症対策を主眼とした「遠隔手話通訳サービス」がスタートした。「聞こえる人にとっても便利でわかりやすい、目で見てわかるコミュニケーション方法が増えているのは嬉しいですね。災害時はもちろん、普段から障害者が置き去りにならないような社会、誰にとっても暮らしやすい『ユニバーサルデザイン社会』が、より浸透していくことを願っています」と話してくれた。